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最高裁判所第三小法廷 昭和27年(オ)1024号 判決 1954年11月09日

福井県坂井郡磯部村中筋三号六六番の乙

上告人

高島すさ

同所

高島萬

静岡市巴町七五番地 佐藤松次郎方

高島正年

福井県坂井郡磯部村中筋三号六六番の乙

高島平雄

同所

高島章吾

右五名訴訟代理人弁護士

久末直二

鍛治利一

福井県坂井郡春江町為国三二号八番地

被上告人

春江織物株式会社

右代表者代表取締役

坪内実

坪内馨

右当事者間の物件引渡並びに損害賠償請求事件について、名古屋高等裁判所金沢支部が昭和二七年八月一四日言渡した判決に対し、上告人等から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人等の負担とする。

理由

上告代理人鍛治利一、同久末直二の上告理由第一点について。

論旨は、被上告人の請求原因の主張が不定なことを非難している。しかし被上告人は製織委託契約に基く製織品の引渡請求権の存在を主張し、権利の因つて生じた事実をその同一性を識別し得る程度に主張しているのであるから、原因不定ではない。所論料金の支払を要する事実は、上告人においてこれを請求する場合にその請求原因とすれば足りるのである。論旨はまた、被上告人の製織料金の支払が先給付でその支払後でなければ製品引渡義務がないという趣旨並に同時履行の主張をして無条件引渡を命じた原判決を非難する趣旨をも含むものと解される。しかし先給付の点については原審においてその主張がない。また同時履行の抗弁は原審において提出されたものではないから民法五三三条を適用せずに無条件引渡を命じても違法ではない。論旨はいずれも理由がない。

同第二点について。

本件は物の引渡に代る代替賠償の請求であるから、その賠償額は専ら物自体の価格によるべきこと当然である。所論製織料金や織物消費税等は物自体の価格の算定に関連はないのであるから、原判決が賠償額の算定にあたり織物の価格からこれ等の金額を控除しなかつたのは正当であつて所論のような違法あるものということはできない。論旨は理由がない。

同第三点について。

論旨は原判決が適法になした証拠判断、事実認定を非難するに過ぎないものであるから採用できない。

同第四点について。

所論請負契約解消の事実は原審において上告人の主張しなかつたところである。所論生糸引渡しの約定は被上告人からその旨の主張があつたにもかかわらず、上告人においてこれを否認したのであるから、この約定を根拠として請負契約の解消を主張する論旨は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見を以て、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

昭和二七年(オ)第一〇二四号

上告人 高島すさ

同 高島萬

同 高島正年

同 高島平雄

同 高島章吾

被上告人 春江織物株式会社

上告代理人鍛治利一、久末直二の上告理由

第一点

原判決は其理由において「当審証人下甚作の証言によれば、生糸約一貫匁で広幅縮緬織物一疋を製織できることを認めることができるから、被控訴人高島すさは広幅縮緬織物十三、三三疋を爾余の被控訴人等はいずれも六、六六疋を控訴人に引渡すべき義務あるべく、広幅縮緬織物を引渡すことができない場合は損害賠償として、その価格相当の金額を控訴人に支払うべき義務あるものといわなければならない。而して当審証人下甚作の証言によれば、広幅縮緬織物の現在の価格は一疋当り約一万円余と認められるから被控訴人等に於て広幅縮緬織物を引渡すことができないときは、一疋につき一万円の割合により、被控訴人高島すさは控訴人に対し損害賠償として金十三万三千三百円、爾余の被控訴人等はいずれも金六万六千六百円……………………及び、それぞれこれに対する本件訴状の送達の日の翌日であることの記録上明らかである。昭和二十六年一月八日以降完済に至るまで商法所定の年六分(控訴人は商事会社であるから、本件取引は商行為であると認める)の割合に相当する遅延損害金を支払うべき義務あるものというべきである」

と判示した。

しかし本件生糸は被上告人から上告人の先代に対し広幅縮緬織物の製織を委託し、賃織りのために引渡したものであること争ないところである。

故に上告人先代は被上告人より製織料金の支払を受くる権利があるのであつて、被上告人は此の代金を支払はなければ製品の引渡を求める権利はない。

而して上告人は製品の引渡を求める被上告人の請求に対して全面的にこれを争つているのであるから、裁判所は単純に上告人に対して製品を被上告人に引渡すべき旨を命ずることは法律上許されないものと云はねばならない。何となれば、上告人先代は賃織の委託を受けて生糸を受取つたのであつて、単純に生糸の保管を委託された事実はないからである。単に生糸の保管を委託されたものであれば、生糸を返還する義務はあり得ても製品(広幅縮緬織物)を被上告人に引渡す義務は絶対に生し得ない。

製品を引渡す義務を生じ得るのは賃織契約によつて製織する材料として生糸の引渡を受けたのだから製織して引渡すといふ問題がここに始めて生し得るのである。而して製織料金を得て製織するのだから被上告人は製織料金を支払つて始めて引渡の義務を生するのであつて、単に織品の引渡をする義務は負つてはいないのである(民法第六三二条第二九五条商法五二一条)。

然るに原審は無条件に上告人に対して製品の引渡を命したのは上告人に義務なきことを命した違法がある。

而して被上告人は上告人先代に賃織を委託してその材料として生糸を引渡したことを原因として上告人に対し広幅縮緬織物の引渡を請求するのであるから、其請求の原因事実を主張しなければならない。

賃織は上告人先代が被上告人の提供する材料(生糸)を広幅縮緬織物に製織(加工)する義務を負い、これに対して、被上告人は製織料(請負報酬)を支払ふ義務を負ふ契約である(民法第六三四条)。

即ち上告人先代の製織(加工)が先づ生糸に加へられこの価値は生糸に化体して広幅縮緬織物といふ別の商品となるのである。

このことは契約の本質な内容だからこれを承認して契約したものであること云ふまでもない。従つて被上告人は先に渡した生糸とは異る広幅縮緬織物を製織料の支払義務を果さなければ引渡を求められないことが契約の本質を為しているのである。

故に被上告人は上告人と賃織契約を締結して生糸を引渡したから、この契約に基づいて製品を引渡せと請求するについては、請求原因としてどんな製織契約であるかを主張しなければならない。これを主張しないでは、果して上告人に製品の引渡義務ありや否やを判断できない理である。

然るに被上告人の請求原因事実として主張するところは、

「原告は昭和二十三年一月頃当時織物工場を経営していた訴外高島翠に対し生糸五十貫余を預けて広幅縮緬織物の製織を委託した」(第一審判決事実摘示)と云ふだけである。

これでは民法第六三二条による「当事者の一方が或仕事を完成することを約し」という点だけを主張したに止まり、「相手方が其の仕事の結果に対して之に報酬を与ふることを約する」点は全然主張しないものである。

双務契約だから注文者の義務と請負人の義務とが不可分の関係にあるのであつて、被上告人が製織を上告人先代に為さしめ製品の引渡を受くる権利のあること(反面から云へば、上告人先代は製織して製品を被上告人に引渡すことを約したこと)を主張しただけでは、これと不可分の関係にある被上告人の上告人の報酬支払義務(上告人の報酬支払請求権)及びその金額については何の主張も為さないこととなる。

従つて被上告人の請求原因は不明確欠陥があり、これでは上告人に製品引渡義務あり、との結論は出てこないのである。

故に原審は被上告人の報酬支払義務の内容、その金額、及びその履行はどうなつているのかを釈明し被上告人の主張を俟つてこれに対して判断を与へ上告人に製品引渡義務ありや否やを決しなければならない。

然るに右の如き請求原因に対し直ちに上告人に製品引渡義務ありと断定したのは、請負契約と寄託契約とを混同したものと云はねばならぬ。

寄託契約であれば品物を単に預つているだけであるから受寄者は単純に返還を求める権利がある(民法第六五七条、第六六二条)。

之に反して請負契約では注文者(被上告人)の上告人先代に対し仕事(製織)をさせる請求権と、請負人(上告人先代)の被上告人に対して報酬を請求する権利とは双務関係にあるのであつて、而も上告人先代の仕事が先に生糸に化体して広幅縮緬織物といふ別の商品となつていること、即ち被上告人に引渡す前に上告人先代側の仕事は完了しているのだから、残つているのは被上告人の報酬支払義務であり、報酬を支払はなければ被上告人は上告人に対して製品の引渡は請求できないのが契約の特質なのである。

原審が前示のような被上告人の請求原因に基づいて直ちに上告人に製品引渡義務ありと断し、これを命じたのは請負契約の本質を解せざるものであつて民法第六三二条に反する違法があり破棄を免かれないと信ずる。

第二点

原判決は「広幅縮緬織物の現在の価格は一疋当り約一万円余と認められるから、被控訴人等に於て広幅縮緬織物を引渡すことができないときは一疋につき一万円の割合により」損害金を支払ふ義務がある、と判示した。

しかし履行に代る損害賠償請求権は本来債権者が請求し得べき請求権を金銭に換算して賠償せしめるものであるから、本来請求し得べき権利の価値以上では有り得ない、これが大原則である(民法第四一五条後段第四一七条)。

本件において上告人先代は被上告人の提供した生糸を製織(加工)して広幅縮緬織物となし、被上告人はこれに対し製織料金を支払ふことを約したのである。

故に被上告人は、

(1) 上告人先代に対して製織料金を支払はなければ製品の引渡を求める権利はない。

(2) 又織物を製造したときは製造者から他へその織物を移動する以前に織物消費税を納付しなければならない。これは法律で定められ取引上公知の事実であつて、本件製織請負契約もこのことを契約の内容としているのである。このことは原判決が証拠に挙げている下甚作の証言(二五九丁裏)によつても明かである。換言すれば被上告人は製織料金及び織物消費税を広幅縮緬織物の取引価格から差引いた金額について権利を有するに過ぎない。

而して判示の広幅織物の取引価格一疋当り一万円といふのは、取引に市場において公然と取引される商品の価格であり、製織料金を支払はない価格の織物或は織物消費税を脱税して売買される闇織物を指すのではないのである(若し左様な価格を標準としたのであれば損害賠償額算定の法則に反する)即ち一疋当り金一万円という取引価格は製織料金及び織物消費税を含んだ価格であること疑がない。

然らば被上告人が履行に代る損害賠償として請求し得るのは一疋の取引価格からその製織料金及び織物消費税を控除した金額以下であつてもそれ以上では有り得ないこととなる。

然るに原審は一疋の取引価格が一万円であるとするや直ちに履行に代る損害賠償として一疋当り金壱万円の割合による損害賠償を命したのであつて、

第一点に述べたように上告人先代と被上告人間に於ける製織請負契約に関し原告たる被上告人の請求原因事実の主張を不明確欠陥のままに放置し又織物消費税に関する審究をも為さず一の釈明をもなさずして右の如き顛補賠償を命したのは、一疋当り金一万円の損害金額が被上告人に於て上告人先代との製織請負契約による製品の引渡によりて受くる権利のある価値なりと即断したによるものであつて、民法第四一五条後段の履行に代るべき損害賠償の本質てふ民法上の大原則を誤解したによるものであつて到底破棄を免かれない。

第三点

原判決は被控訴人等は訴外高島翠が委託により製織した広幅縮緬織物を震災により焼失したと主張するが、この点に関する原審に於ける被控訴本人高島正年の供述は措信し難くその他これを認むべき証拠がない」

と判示するが。

上告人先代は昭和二十三年六月二十八日の福井大震災により福井市において焼死したことは(九九丁)争のないところである。

而して上告人先代が福井市佐佳枝下町四十三番地日進貿易産業株式会社に衣料切符と対照の為保管を託していた「農賃縮緬広巾二九吋五〇碼五二疋半」は右震災によつて焼失したことは乙第二号証の一、二に示すところであつて、

「農賃」とは農業協同組合の委託賃織といふ意味である。

また本件生糸が挙母農協(加茂蚕糸販売農業協同組合連合会傘下の農協である)の委託生糸による賃織であることも、その間に被上告人が介在しているかどうかの問題を外にして当事者間に争のないところである。

五十二疋半とあるのは生糸一貫については一疋の製品を引渡せばよい取引慣習であるが実際は多少の出目があり二疋半多いわけである。又本件製織請負契約は織上げて精練を済ます契約であつて、福井県では五十疋もの大口の精練は福井市の福井精練会社以外にはなく、本件契約でも福井市で精練することが契約内容となつていた(このことは原判決引用の下甚作の証言第一九項によつても明かである)而して織上り品は織物消費税の証印の外に、当時は配給統制により衣料切符の照合手続をしなければならないのでこれ等の手続を仲介人に頼み日進貿易産業株式会社へ委託した次第である。

故に乙第二号証の二は福井市長作成の公文書であるから真正に成立したものと認めるべきであり(民事訴訟法第三二四条)。同号証の二と対照し高島正年の供述に徴すれば、上告人先代は被上告人との製織請負契約に基づき広幅縮緬織物五十疋を日進貿易産業株式会社に精練及び衣料切符照合のため委託中昭和二十三年六月二十八日の福井大震災によつて焼失したこと明らかと云はねばならない。

これを否定するのであるならば乙第二号証の一、二について其の理由を説明しなければならないのである。然るに原審が高島正年の供述のみを指摘し乙第二号証の一、二に対し何等特段の理由を示すことなく福井大震災によつて焼失した事実を否定したのは民事訴訟法第三二三条に反するのみならず理由不備の裁判であつて原判決は破棄を免かれない。

第四点

原判決は其理由において「而して控訴人は被控訴人等に交渉の結果昭和二十四年八月頃控訴人と被控訴人等の間に従前の製織委託契約を合意解除し被控訴人等より控訴人に対し生糸五十貫を返還する旨約定したと主張し、原審証人下甚作、坪内俊雄の各証言、原審に於ける控訴会社代表者坪内実の本人訊問の結果及び当審証人下甚作の証言は右主張に添ふようではあるがたやすく措信し難く外に右主張事実を認めるに足る証拠がない」と判示するや直ちに、上告人は製品を引渡す義務ありとの判断に進んだものである。

しかし被上告人先代は昭和二十三年六月二十八日福井大震災のため死亡し、その後上告人と被上告人との間に本件生糸を返還せよ、織上げて福井市へ出したところ震災で焼失したのだから返せないとの交渉談判があり、昭和二十四年八月中旬頃に至り上告人より被上告人に対して生糸九貫七百匁を交付した事実は当事者間に争のないところである。

被上告人と上告人先代との間の契約は被上告人から提供した生糸五十貫を賃織する請負契約であるからこの契約の存在する限り、上告人先代も上告人等も生糸を被上告人に引渡す義務は存在しない。

故に生糸を上告人等が被上告人に交付したのは、この製織請負契約とは別の約定によるものと云はねばならない。

即ち前の製織請負契約を解消して生糸を引渡す約定が成立してこの約定に基ついて引渡したものと云はねばならない。

然らば、

(1) この生糸九貫七百匁を被上告人に引渡す合意をした時に製織請負契約は解消されたものであること理の当然である。ただその合意の内容に争があるに過ぎない。

蓋し前の契約と反対の合意を後になつて同じ当事者間でしたときは、後の合意と矛盾する前の合意は明示的にか、明示せずとも默示的に解消されたものと認むべきが当然だからである。

故に生糸で返還した事実に徴し生糸を製織して引渡すという製織請負契約はこの時に解消され最早存在しなくなつたものである。従つて、其後においては製織して製品を引渡す義務は上告人に存在しないこと理の当然と云はねばならぬ、原審が被上告人主張の如き内容の合意を否定するや、直ちに上告人は製品を引渡す義務ありとしたのは重大なる法律違背がある。

(2) 上告人が被上告人に生糸九貫七百匁を引渡したのは、被上告人は生糸を渡せと要求し、上告人は生糸は製織したが震災のため焼失したから渡されぬと主張し紛きゆうした末、それでは生糸を九貫七百匁渡すからこれで問題は解決してくれと云つて上告人が被上告人に渡したのである。

故に、生糸五十貫を上告人が返還することを約定した事実が認められないとすれば、それではどういふ合意により上告人が被上告人に生糸九貫七百匁を引渡したのか、これで両者の争を打切りとするものであるかどうかを審究しなければならない、上告人が、被上告人の和解契約をしたと主張する時期において生糸九貫七百匁を被上告人に引渡したことは否定し得ない事実だからである。

然るに原審がこの点に付いて何等判断することなく上告人は製品引渡義務ありと断定したのは意思表示の解釈及び合意の法則を無視したものであつて何れよりするも破棄を免かれない。

以上

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